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ブログ - 投稿者

Anseiさんの日記

2016
1月 3
(日)
14:54
ナタリー・コールの訃報
カテゴリー  未分類
本文
アメリカのシンガーソングライター、ナタリー・コールが亡くなったことを英字新聞で知った。65歳という。実は1990年代の半ば、私は彼女と隣り合わせで食事をしたことがある。場所は(名前は忘れたが)地中海を見下ろす崖の上に立つリヴェリアきってのレストラン。毎年、春と秋に世界テレビ祭がカンヌで開催されるが、その秋、フジテレビの代表として私と同僚のH嬢がアメリカのプロダクションから会食に招待されたのだった。私の右隣がナタリー、正面に名優オマー・シャリフがいた、残りはアメリカとイギリスの芸能関係者、総勢10名くらいが丸いテーブルを囲んだ。

ナタリー・コールは高名なナット・キング・コールの娘としても有名だった。私は知らなかったが彼女は日本には何度も公演旅行をしていた。「日本のことは何か知っていますか?」という馬鹿な質問に「何度も訪れていますが、私にとって日本は最もすばらしい国、日本人はとても親切で、私の音楽をよく理解してくれます。日本人は優しさと知性を備えた素晴らしい人たちです」とべた褒め、私の右手を大きな手でギュッと握ってくれた。そのころ40代の半ばだったであろうが、180センチ近い長身でエネルギッシュ、気さくな笑顔がチャーミンギグなアーティストであった。

それよりも凄かったのはオマー・シャリフだった。彼は政治・経済界の内輪話、中東やアジアの怪談話など話題が豊富で、3時間ほど喋りっ放し、そこに居た全員を煙に巻き、テーブルを独占した。まさに怪優ここにありという風情であった。翌々日、私がいつも泊まるロンドンのホテルで(小さいがロンドン屈指の老舗ホテルとして知られる)オマー・シャリフがチェックインしているのを発見、挨拶を交わした。彼には付き人もなく独りだった。「わたしはいつも独りなんだ、独りが好きなんだよ」と少しはにかんだように言った。
そのオマー・シャリフも昨年7月に亡くなった。

こうして有名、無名にかかわらず知人が次々と世を去ってゆくのは無常(無情)というしかない。僕自身いつ迎えがくるかも知れない。

在原業平  ついに行く道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思わざりしを
                                           合掌

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投稿者 スレッド
panchos
投稿日時: 2016-1-17 8:41  更新日時: 2016-1-17 8:41
ゴールド
登録日: 2013-2-5
居住地: 群馬県
投稿数: 115
 RE: ナタリー・コールの訃報
ナタリー・コールに続き、デビット・ボウイも............
2人とも60代であったのは何とも言えず悲しい。

しかし、私にとってはナタリーの父親ナット・キング・コールのほうが身直に感じてます。年代の差かもしれません。

一休宗純が遺した言葉
•門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし

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